ダメ太郎スマイル、深海日記

クワインを読むんだ

あのゲームの名前なんだっけ…

ここ一ヶ月ほど、受ける授業授業で、カントを英語やらドイツ語で読んでいる(関心に一ミリもすらないあたりつらい)。基本的な事実とみなしてるものが違いすぎるので、モチベーションをまったく共有できなければ、ぼくの興味をそそるような話題に突っ込んでこない。
な の に、だいたいぼくの野望は、「いかにカントをちゃぶ台返しするのか」に帰着する。こっちは大嫌いでいつでも殴りたいのに、あいてがこっちを歯牙にもかけてないかんじで、これもつらい。

また徳を積んでしまった

きょうは、WiERED QUiNEという読書会だった。
都合とか、嘘みたいな機材トラブルなどもありメンバーに欠けが出てしまったので、クワインの翻訳検討を飛ばし、抱き合わせでいますこしずつ読んでるミサックの論文を読んだ。
さきほど書いた機材トラブルはぼくにも降りかかっていて、ミサックのレジュメがパーになったので、口頭でいろいろ話した。パース主義的なプラグマティズムと引用符解除主義についての節で、それと関連して、パースとジェイムズなどにも言及した。それぞれわからないところなどを持ちより、全体のストーリーを見通せるようになったと思う…
なんにせよ、原稿をもたないで、へらへらと全体の説明をしたり、質問に答えたりするほうが楽しい。余計なものがない分、お茶会っぽさがでる。モルダーが脚本を見ながら、怪奇現象について熱く説明しててもしまらない。

歩く、歩く、区切りなく歩く

遷都。平安京平城京のあとの都だったような、すずっと。東と西に別れて戦争。燃える。燃えたところで、変わらない。替わらない。将軍とやらが別荘を持つ。東西戦のまえにも監視役の居場所があった。きっとおなじ。いつまでも変わらないはずだったけども、ひさしぶりの遷都。東京に代わられる。さて、京都はかわったのかしら。たぶん、変わってない。かわられたのだけど。
ぼくにとって、京都は、今出川通り、御池通り、千本通りと、烏丸通りを辺にもつ四角形でしかない。小さい道もたくさんあるにしても、覚えられない。覚える必要もない。実家に住んでたときは、通学に使う電車や出掛けるときに使う電車の駅をぜんぶ覚えていた。移動の区切りをぜんぶ覚えていた。それなら、通りの名前を覚えていてもおかしくない。それでも、覚えられない。なぜなら、京都は四角形でしかなく、路線図ではないから。人生ゲームにコマとその名前や種類は必要でも、パックマンには必要ない。

ならないほうがいいし、なれなさそう

大学院に入学できたのはいいけれど、問題が山積している。保険のためにも、教員免許をとらなきゃいけない。そこで、いろいろな手続きをしなければならないんだけど、ここに落とし穴があった。ぼくは書類が読めない。いろいろな大きさの文字、一部だけ濃くなってたりフォントのちがう文字列、大量のインデントと四角い枠。あー、ぜんぶ訳のわからない記号に見える。このままだと免許過程の登録もできない。思い返してみれば、学校でもらう書類も、なんの書類かわからなくなるので、ランドセルにためてたり、家に帰ってぜんぶ捨てたりで、教師から親へ直接的書類が行くようになったり、ひとりだけ書類をすべてつめるケースを持たされて、帰宅した瞬間に何もせず親に渡させられたりしていた。このままだと、書類をつくる側にはなれないし、なれなさそう。
あと、DUETのデザインが改悪されていて、バカみたいにストレスがたまる。文字のしたを青にしたアホはどこのどいつだ。

振り向いてくれなくても、それでいいのだ

サラ・エルタンH2という美しいハーフベントを手にいれた。ほんとは、ラフトップのやつがよかったものの、残念ながら、持ち帰れなかった。けれども、柘のラフトップを持っているし、このサラエルタンが美しいので、不満はない。
しかし、不満があるとすれば、ハーフベントで活きるタバコが好みでないことだけだ。バージニア系は、薫るものの、甘味はない。着香も香るものの、甘味はない。(カロライナローズやクルーズラインですら。マクレーランドのプレミアムアロマシリーズは試してない)。もしやと思い、ラタキアを詰めてみたら、ジャックポット! (気分的には、かのヒューマノイド・タイフーンが刑務所から脱走した殺し屋一家の銃身野郎にぶちこんでるくらい)。
ラタキア系がはねるというこの特徴は、サラエルタンと柘のハーフベントに共通している。さらに、これらハーフベントに共通する構造は、ボウルがわりと素直に三角錘になっていることだ。もしかしたら、バージニア系が美味しくないのは、ボウルの形状のせいかもしれない。美味しいパイプ美味しくないものとの中間をとるために、素直ではないものの、ボウルが三角錘にちかいトーベンダンスクのプックだと、どうなるのか試してみよう。甘味が強いタバコだとゆるやかに甘さが伝わるし、タバコ臭さがおさえられ、ブレンドの香りが立つ。ということは、ボウルの形状として、底に近づくほど直径が小さくなるパイプほど、タバコの甘味などを減退させつつ、ブレンドの香りたてるのかもしれない。
なんにせよ、チャンバー径19mmで重量31gのご婦人はうつくしいし、それでいいのだ。ラタキアを試す機会にもなるし、これでいいのだ。

【告知】WiERED QUiNEにかんして

さて、告知だ。クワインを読む勉強会をしている。そこまで大変じゃないし、たのしいので、さぁ、クワインを読むんだ。ぼくと一緒にクワインを読むんだ。愉しくて、愉しくて、たまらないぞ。
いまやっているのは、From a logical point of viewに所収されているTwo Dogmas of Empiricismという論文。こいつを毎回すこしずつ翻訳しながら、内容にかんして議論している。文構造、訳語の選定から丁寧に追っていくのは、すこし遠回りだけども、最低限の語学以外は前提にしなくてすむし、気になるところを見落とさず話し合える。
ところで、ぼくは、発表して論文を書くというサイクルを持っていない、つまり、専門家でも研究者でとないから、 勉強会のレベルは高く見積もってない。そう見積もってもらっても困る。だからこういうかんじでやっている。

・お茶会みたいになにか飲んだり、食べたりしながら参加できる
・進度よりも、一定の日程で開催して、会が続くことが大事
・どういう説明をしたら分かりやすいか、いろいろな背景を持つひとたちに伝わりやすいのか考え、話し合う

もちろん、ぼくには、ここにあげた心がけと独立に、この勉強会を続けるモチベーションがあるけど、会の運営とは切り離している。
興味があれば、ぼくのTwitterまでよろしくお願いします。

追記:
・英語にかんして説明が必要になる場合、安藤貞雄の『現代英文法講義』とランダムハウス 2ndを基にした、説明と翻訳の提案をする。辞書は大辞典であれば、不足はないが、訳語の選定については、ランダムハウスがいまのところ使い勝手がよい。たとえば、ジーニアスを基本にすると、コロケーションの理解では軍配があがるものの、訳語の重複が多くなってしまう。

クワインをよむだけではたりない。守護霊をよんでくれ

クワインの表記にはぶれがあって、W. V. QuineとW. V. O. Quineがある。このことには、事情があっぽい。かれの自伝 The Time of My Lifeをめくってみれば、p. 2に、Van Ormanが母親(Harriet Ellis Van Orman)の旧姓だと書かれているし、本人は一貫してW. V. Qという署名を用いている。けれども、かれのあだ名はVan OrmanからとったVanだし(Alex Orensteinがこう呼ばせてもらえなかったことをぼやいていた)、Ormanという土地をクワインが見つけられなかったように、Van Ormanという地名姓自体がひろく認知されてないようだ。だから、VanとOrmanがふたつの独立した名前であるように見えるため、W. V. O.という表記をするひともいる。
さらに、事態を複雑にしているのは、その発音だ。Willard Van Orman Quineがヴィラート・ファン・オーマン・クワインなのか、ウィラード・ヴァン・オーマン・クワインなのかよくわからない。Carnapがカーナップになる国では、後者でいいかもしれない。Misakがミサクになる国ではどうか。だれかロバートを呼んでくるか、守護霊をおろしてくれ。
というか、そもそもQuineの音すらよくわからなかった。

追記
・Alex OrensteinのW. V. Quineは没後に書かれてる入門書なので、おすすめ。Hyltonの教え子のKempもよい
・ロバート・クワインはすでに没していたので、こちらも守護霊コース